Market evolution: 時計とその部品 (CN 91) — 2015–2025
はじめに
本報告書は、欧州連合(EU)の関税番号91(時計およびその部品)に関する対外貿易の動向を2015年から2025年にかけて分析するものである。CN 91は、貴金属製腕時計(9101)、その他の腕時計(9102)、置時計・壁掛時計(9105)、時計用バンド(9113)、時計部品(9114)など、多岐にわたるサブカテゴリーを包含する統括見出しである。
対象期間を通じて、EUの時計産業は顕著な構造変換を経験している。輸出額は微減傾向にある一方、輸入額は拡大し、貿易赤字は深刻化している。しかしながら、数量(重量ベース)の大幅な減少と単価の急騰という現象は、EU市場が大量生産品から高付加価値製品へとシフトしていることを示唆している。本報告では、貿易フローの全体像、主要パートナーとの関係変化、そして製品セグメント別の動向の3つの観点から分析を展開する。
1. 輸出入の数量減少と単価上昇が示す高付加価値化の進行
EUの時計貿易を総量で見ると、2015年から2025年にかけて輸出額は43億9,052万ユーロから38億8,388万ユーロへと11.5%減少し、輸入額は76億7,901万ユーロから84億7,336万ユーロへと10.3%増加した。貿易赤字は32億8,850万ユーロから45億8,948万ユーロへと39.6%拡大し、EUの時計市場における対外依存度の深化が鮮明となっている。
重量ベースの数量は大幅に縮小
最も顕著な変化は数量の急落である。輸出数量は2015年の9,523トンから2025年の4,614トンへと51.5%減少し、輸入数量も52,368トンから34,554トンへと34.0%縮小した。この傾向は、EU市場における時計の流通量そのものが構造的に減少していることを意味する。
| 指標 | 2015年 | 2025年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 輸出額(百万ユーロ) | 4,390.5 | 3,883.9 | -11.5% |
| 輸出数量(トン) | 9,522.6 | 4,614.4 | -51.5% |
| 輸出単価(ユーロ/トン) | 459,823 | 836,863 | +82.0% |
| 輸入額(百万ユーロ) | 7,679.0 | 8,473.4 | +10.3% |
| 輸入数量(トン) | 52,368.3 | 34,554.1 | -34.0% |
| 輸入単価(ユーロ/トン) | 146,587 | 245,116 | +67.2% |
| 貿易収支(百万ユーロ) | -3,288.5 | -4,589.5 | -39.6% |
単価の急騰が高級品へのシフトを裏付ける
数量が減少するなかで輸出単価は82.0%上昇し、輸入単価も67.2%上昇している。これは、安価な量販品の取引が縮小する一方、高級時計を中心とした高単価製品の比重が高まったことを示す。特に輸出単価の上昇率が輸入単価を上回っていることは、EU(特にスイスとのサプライチェーンを含む)が高級時計の輸出拠点としての地位を強化していることを示唆している。
生産面でも同様の構造変化が観察される
EU域内の生産データを見ると、生産量(重量)は2,202万kgから1,849万kgへと16.0%減少している一方、生産額は4億9,328万ユーロから23億8,453万ユーロへと383.4%という驚異的な増加を記録している。この乖離は、EU域内における時計製造が、量から質へ、すなわち高付加価値製品の生産へと劇的にシフトしたことを如実に物語っている。
2. スイスへの一極集中と英国の離脱が貿易構造を再編
EUの時計貿易における主要パートナーの構成は、この10年間で大きく変化した。スイスの圧倒的な存在感、英国の急速な衰退、そして中国の役割の変化が、貿易地図を塗り替えている。
スイス:輸出入双方で圧倒的な中心的存在
スイスはEU最大の時計貿易パートナーであり、2025年時点で輸入の約79%(67億1,658万ユーロ)、輸出の約40%(15億5,503万ユーロ)を占めている。輸入額は2015年の54億7,161万ユーロから22.8%増加し、スイス時計のEU市場における需要の堅調さを示している。
| 主要輸入パートナー | 2015年(百万ユーロ) | 2025年(百万ユーロ) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| スイス | 5,471.6 | 6,716.6 | +22.8% |
| 中国 | 1,485.0 | 1,245.5 | -16.1% |
| 香港 | 243.5 | 105.4 | -56.7% |
| 英国 | 226.5 | 36.0 | -84.1% |
| 台湾 | 10.9 | 13.7 | +26.5% |
| インド | 6.8 | 8.0 | +16.6% |
| メキシコ | 3.3 | 10.3 | +217.2% |
英国:Brexitによる貿易の急激な崩壊
英国のEU時計貿易における存在感は、2020年前後を境に劇的に縮小した。EUから英国への輸出は2015年の6億4,227万ユーロから2025年には1億9,735万ユーロへと69.3%減少し、英国からの輸入も2億2,655万ユーロから3,596万ユーロへと84.1%激減した。英国の時計貿易におけるボラティリティ(変動係数1.33)は全パートナー中で最も高く、Brexitに伴う制度的不確実性とサプライチェーンの再編が貿易フローに深刻な影響を与えたことを示している。
中国:量的拠点としての役割の変化
中国は依然としてEU最大の時計輸入源(数量ベース)であるが、金額ベースでは16.1%の減少を見せている。中国からの輸入は低〜中価格帯の量販品が中心であり、数量の大幅な減少(2015年の輸入総量における中国の占める割合が相対的に高い)と相まって、中国からの輸入が「量から質へ」の転換の影響を直接受けていることが分かる。一方、メキシコからの輸入は217.2%増と急成長しており、生産拠点の地理的多様化の兆候が見られる。
輸出先の構造変化:香港の後退と新興市場の台頭
EUの輸出先を見ると、香港への輸出は25.0%減少し(9億8,378万ユーロ→7億3,768万ユーロ)、中継貿易拠点としての香港の役割低下を反映している。一方、トルコ(+73.8%)、ノルウェー(+101.8%)といった市場への輸出が顕著に増加している。
| 主要輸出パートナー | 2015年(百万ユーロ) | 2025年(百万ユーロ) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| スイス | 1,457.6 | 1,555.0 | +6.7% |
| 香港 | 983.8 | 737.7 | -25.0% |
| 英国 | 642.3 | 197.3 | -69.3% |
| 米国 | 271.1 | 292.8 | +8.0% |
| トルコ | 39.5 | 68.7 | +73.8% |
| ノルウェー | 32.0 | 64.6 | +101.8% |
| チュニジア | 14.3 | 4.2 | -70.8% |
貿易集中度の上昇とその含意
輸入のHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)は5,476から6,550へと19.6%上昇し、スイスへの依存がさらに強まっていることを示している。これは、供給源の多様化が進んでいないことを意味し、スイスにおける何らかの供給途絶リスクがEU時計市場に大きな影響を与えうることを示唆する。輸出のHHIも1,950から2,166へと11.1%上昇しているが、依然として輸入に比べれば分散度は高い。
| 指標 | 2015年 | 2025年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 輸入HHI(金額) | 5,476 | 6,550 | +19.6% |
| 輸出HHI(金額) | 1,950 | 2,166 | +11.1% |
| 輸入HHI(数量) | 5,880 | 8,108 | +37.9% |
3. 貴金属製時計の単価急騰と部品カテゴリーの成長が製品構造を変容
CN 91のサブカテゴリー別に貿易フローを分析すると、製品ミックスの劇的な変化が浮かび上がる。高級時計セグメントの台頭、量販時計の縮小、そして付属品・部品カテゴリーの成長という3つの潮流が交錯している。
CN 9101(貴金属製腕時計):単価の爆発的上昇
最も劇的な変化を見せているのはCN 9101(貴金属製腕時計)である。輸入数量(重量)は2015年の825トンから2025年には95トンへと88.5%減少したが、輸入額は22億3,395万ユーロから23億8,145万ユーロへと6.6%増加している。この結果、重量あたりの単価は2015年の約270万ユーロ/トンから2025年には約2,490万ユーロ/トンへと824%も上昇している。1個あたりの単価(補助単位)も同様に急騰しており、超高級時計の輸入が数量は減少しても金額では拡大し続けていることを示している。
| CN 9101の輸入推移 | 2015年 | 2025年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 金額(百万ユーロ) | 2,234.0 | 2,381.4 | +6.6% |
| 数量(トン) | 824.9 | 95.2 | -88.5% |
| 重量単価(ユーロ/トン) | 2,700,143 | 24,903,944 | +822.3% |
| 個数(千個) | 1,618 | 1,597 | -1.3% |
| 個単価(ユーロ/個) | 1,381 | 14,914 | +980.0% |
CN 9102(その他の腕時計):最大のセグメントとして安定
CN 9102(貴金属製以外の腕時計)は金額ベースで最大のセグメントであり、2025年の輸入額は50億3,854万ユーロに達する。数量(重量)は2015年の12,300トンから6,658トンへと45.9%減少したが、輸入額自体は13.0%増加している。個数ベースでは2025年に5,925万個が輸入されており、CN 9101と同様に単価の上昇が数量の減少を補って余りある構造が見て取れる。
| CN 9102の輸入推移 | 2015年 | 2025年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 金額(百万ユーロ) | 4,516.5 | 5,038.5 | +11.6% |
| 数量(トン) | 12,300.2 | 6,658.2 | -45.9% |
| 重量単価(ユーロ/トン) | 367,074 | 756,133 | +105.9% |
| 個数(百万個) | 129.8 | 59.2 | -54.3% |
| 個単価(ユーロ/個) | 34.8 | 85.0 | +144.2% |
CN 9113(時計用バンド):輸入の急成長セグメント
時計用バンド・ストラップ(CN 9113)は、輸入額が2015年の1億7,995万ユーロから2025年には3億3,463万ユーロへと85.9%増加し、最も成長率の高いセグメントとなっている。これは、スマートウォッチやファッションウォッチの普及に伴う需要拡大、ならびに高級時計市場の拡大に伴うプレミアムバンドの需要増によるものと推測される。
CN 9105(置時計・壁掛時計等):重量ベースでは最大だが縮小傾向
CN 9105は重量ベースで最大の輸入セグメント(2025年で19,989トン)であるが、2015年の28,089トンから28.8%減少している。金額も11.9%の減少と、量販向けの一般的な時計カテゴリーの縮小を反映している。
生産におけるフランスの圧倒的優位
EU域内における時計生産の専門性を示す修正対称比較優位(RSCA)指数によれば、フランスが0.635と最も高い専門性を示し、生産額の35.0%を占めている。ドイツ(RSCA 0.066、生産シェア24.2%)が続き、この2カ国でEU時計生産の約6割を担っている。イタリアは輸出においても重要な地位を占めているが、専門性指標ではフランス・ドイツに及ばない。
おわりに
EUの時計貿易(CN 91)は、2015年から2025年にかけて、量の縮小と質の向上という明確な構造変換を経験した。輸出・輸入ともに重量ベースの数量は大幅に減少したが、単価の急騰により金額面では輸入を中心に拡大傾向が維持された。その結果、貿易赤字は39.6%拡大し、EUの時計市場における対外依存度は依然として高い水準にある(純輸入依存度は65.3%)。
貿易パートナーの構成を見ると、スイスへの一極集中がさらに強まり、輸入HHIは19.6%上昇した。英国のEU時計貿易における存在感はBrexitを機に急速に失われ、代わってメキシコやトルコ、ノルウェーといった新興・近隣市場の重要性が増している。
製品セグメント別には、貴金属製腕時計(CN 9101)の単価が800%以上上昇し、超高級時計市場の拡大を示す一方、量販向けの置時計カテゴリーは縮小傾向にある。時計用バンド(CN 9113)の急成長は、付属品市場の新たな成長機会を示唆している。
全体として、EUの時計市場は「量から質へ」「大量生産から高付加価値へ」という転換を完了に向かっており、この傾向は今後も続くと予想される。しかしながら、スイスへの供給依存の深化は戦略的リスクを内包しており、供給源の多様化が今後の重要な政策課題となるだろう。