Market evolution: アルブミノイド物質・変性デンプン・糊・酵素 (CN 35) — 2015–2025
はじめに
本レポートは、EUのCN 35(アルブミノイド物質、変性デンプン、糊、酵素)に関する域外貿易の2015年から2025年までの動向を分析するものである。このコードは、カゼイン・アルブミン・ゼラチン・ペプトン・デキストリン・調製糊・酵素など、食品・産業用に広く利用される多様な化学品・生化学品を包含する見出し区分である。
分析期間を通じて、EUはCN 35カテゴリーで一貫して純輸出国であり、その黒字幅は拡大傾向にある。輸出額は約52億ユーロから約85億ユーロへと61.7%増加し、貿易黒字は約33億ユーロから約56億ユーロへと67.3%拡大した。しかしこの成長は、数量の伸び(輸出+5.4%、輸入+22.2%)を大きく上回る価格の上昇に主導されたものであり、2021〜2022年の世界的なインフレ圧力とサプライチェーン混乱の影響が色濃く反映されている。以下では、この10年間の主要なダイナミクスを3つの観点から分析する。
1. 価格上昇に牽引される貿易額の拡大とEUの純輸出強化
輸出は数量がほぼ横ばいであるのに対し、金額は6割以上増加
2015年のEU域外輸出額は約52.5億ユーロ(154万トン)であったのに対し、2025年には約84.9億ユーロ(162万トン)に達した。数量の増加はわずか5.4%にとどまるのに対し、金額の増加は61.7%に上り、その差分はほぼ価格上昇(+53.4%、3,405ユーロ/トン→5,223ユーロ/トン)で説明される。
| 指標 | 2015年 | 2025年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 輸出額(億ユーロ) | 52.5 | 84.9 | +61.7% |
| 輸出数量(万トン) | 154.2 | 162.5 | +5.4% |
| 輸出単価(ユーロ/トン) | 3,405 | 5,223 | +53.4% |
| 輸入額(億ユーロ) | 19.2 | 29.2 | +51.9% |
| 輸入数量(万トン) | 42.8 | 52.3 | +22.2% |
| 輸入単価(ユーロ/トン) | 4,496 | 5,586 | +24.3% |
| 貿易黒字(億ユーロ) | 33.2 | 55.6 | +67.3% |
輸出単価は2022年にピークの5,568ユーロ/トンに達し、2025年にはやや落ち着いた水準(5,223ユーロ/トン)となっている。輸入単価も同様に2022年の5,801ユーロ/トンをピークに調整局面にある。
生産額は数量増(+8.9%)を大幅に上回る102.3%増を記録
EU域内の生産動向を見ると、生産数量は約609万トン(2015年)から約663万トン(2025年)へと8.9%の増加にとどまったのに対し、生産額は約74億ユーロから約149億ユーロへと102.3%も増加した。ピークは2022年の約164億ユーロであり、エネルギー価格高騰や原材料費の上昇が生産段階でのコストプッシュ型インフレとして反映されたものとみられる。2023年以降はやや調整が進んでいるが、2015年水準の倍以上に留まっている。
EUの純輸入依存度は大幅なマイナス圏に拡大
純輸入依存度の指標は、2015年の-16.8%から2025年には-52.1%へと大幅に拡大した。マイナス値はEUが純輸出国であることを示しており、この拡大はEU域内の供給力が域外需要を大幅に上回っていることを意味する。同時に、輸出指向性(生産に占める輸出の割合)も31.3%から52.0%へと顕著に上昇しており、EU産業の域外市場への依存度が高まっている。
2. 取引先の多様化と地政学的シフトがもたらす構造変化
輸入相手先の集中度は低下傾向、中国とトルコの存在感が急拡大
HHI集中度指数によれば、輸入のHHI(金額ベース)は2015年の1,566から2025年の1,431へと8.6%低下し、取引先の多様化が進展している。
主要な輸入相手国の変化は顕著である:
| 輸入相手国 | 2015年(億ユーロ) | 2025年(億ユーロ) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| アメリカ | 5.69 | 8.09 | +42.0% |
| イギリス | 3.35 | 4.54 | +35.6% |
| スイス | 2.63 | 2.93 | +11.4% |
| 中国 | 1.86 | 4.29 | +131.4% |
| トルコ | 0.17 | 1.24 | +616.8% |
| ニュージーランド | 1.28 | 1.03 | -19.3% |
| タイ | 0.27 | 0.23 | -14.7% |
中国からの輸入は10年間で2倍以上に増加し、トルコからの輸入は実に7倍超の急成長を見せた。特にトルコからの輸入は変動係数(CV)が0.59と、主要相手国中最も高いボラティリティを示しており、成長の急激さと同時に不安定さも示唆している。
輸出先では中国市場が急伸し、ロシア市場は大幅縮小
輸出面では、中国向けが3.83億ユーロから9.41億ユーロへと145.7%増加し、EUの主要輸出先として急速に台頭した。一方でロシア向けは3.65億ユーロから1.85億ユーロへと49.2%減少しており、2022年以降の地政学的緊張(ウクライナ侵攻に伴う制裁措置)の影響が顕著である。ロシア向け輸出の変動係数は0.43と高く、2022年の急落が大きく寄与している。
| 輸出相手国 | 2015年(億ユーロ) | 2025年(億ユーロ) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| アメリカ | 8.70 | 12.64 | +45.2% |
| イギリス | 6.16 | 9.01 | +46.4% |
| 中国 | 3.83 | 9.41 | +145.7% |
| トルコ | 2.59 | 3.93 | +51.8% |
| 日本 | 3.04 | 3.48 | +14.5% |
| ロシア | 3.65 | 1.85 | -49.2% |
2022年に顕著な価格ショックが複数の輸出先で観測
供給ショック分析によれば、2022年にアルジェリア向け輸出で異常度26.5の価格ショック(前年比+55.7%)、インドネシア向けで異常度7.7(同+69.6%)、オーストラリア向けで異常度9.1(同+28.2%)が検出された。いずれも2022年に集中しており、世界的なエネルギーコスト高騰と原材料価格の上昇が輸出価格に波及したことを示している。
EU域内ではデンマークとオランダが突出した輸出競争力を維持
RSCA(対称的顕示比較優位)に基づくと、2025年時点でデンマーク(RSCA 0.69、RCA 5.37)が最も高い専門性を示し、リトアニア(0.44)、フィンランド(0.43)、アイルランド(0.23)、オランダ(0.21)が続く。デンマークのCN 35輸出はEU域内生産に占める割合は9.3%にすぎないが、全輸出に占める割合は1.7%と大きく、酵素産業(ノボザイムス等)の国際競争力を反映している。
3. 製品セグメント別の構造変化と成長の源泉
酵素(3507)が輸出の柱としての地位をさらに強化
CN 35の下位コード別に輸出動向を見ると、酵素(3507)が2015年の約15.2億ユーロ(13.6万トン)から2025年の約22.4億ユーロ(15.3万トン)へと金額で47.1%増加し、最大の輸出セグメントとしての地位を維持・強化した。数量増(+12.3%)を上回る価格上昇(単価11,150→14,607ユーロ/トン、+31.0%)が特徴的で、高付加価値製品としての特性が際立っている。
アルブミン類(3502)とタンパク質誘導体(3504)の輸出が急成長
輸出セグメントで最も高い成長率を示したのは、アルブミン類(3502)とペプトン・タンパク質誘導体(3504)である。アルブミン類の輸出額は3.82億ユーロから8.60億ユーロへと125.1%増加し、単価も7,327ユーロ/トンから10,111ユーロ/トンへと上昇した。タンパク質誘導体の輸出額は3.37億ユーロから9.13億ユーロへと170.7%増加し、タンパク質需要の構造的な拡大(食品・飼料・バイオテクノロジー分野)を反映している。
| セグメント | 輸出額2015(億ユーロ) | 輸出額2025(億ユーロ) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 3507 酵素 | 15.21 | 22.38 | +47.1% |
| 3506 調製糊・接着剤 | 13.05 | 20.62 | +58.0% |
| 3505 変性デンプン | 6.24 | 8.58 | +37.5% |
| 3504 タンパク質誘導体 | 3.37 | 9.13 | +170.7% |
| 3502 アルブミン類 | 3.82 | 8.60 | +125.1% |
| 3501 カゼイン | 5.54 | 6.55 | +18.3% |
| 3503 ゼラチン等 | 2.92 | 3.00 | +2.9% |
調製糊・接着剤(3506)は数量で最大の輸出・輸入セグメント
数量ベースでは調製糊・接着剤(3506)が輸出で約41万トン、輸入で約20万トンと最大のセグメントである。輸出数量は2015年の39.7万トンから2025年の41.1万トンへと緩やかに増加したが、金額では13.1億ユーロから20.6億ユーロへと58.0%増加し、単価上昇(3,286→5,014ユーロ/トン、+52.6%)が成長の主因であった。
一方、変性デンプン(3505)の輸出数量は2015年の68.1万トンから2025年の59.6万トンへと12.4%減少しているが、金額では6.24億ユーロから8.58億ユーロへと37.5%増加しており、単価の上昇(916→1,439ユーロ/トン、+57.0%)が数量減を補って余りある形となっている。
カゼイン(3501)は輸出・輸入ともに縮小傾向
唯一のマイナス成長セグメントはカゼイン(3501)である。輸入数量は2015年の2.32万トンから2025年の1.07万トンへと53.8%減少し、輸入額も1.39億ユーロから0.69億ユーロへと半減した。輸出についても数量はほぼ横ばい(8.71→9.23万トン)ながら、2022年の価格ピーク(輸出単価11,461ユーロ/トン)を経て2025年には7,102ユーロ/トンへと調整しており、カゼイン市場の縮小が鮮明となっている。これは植物由来タンパク質への代替や乳製品構造の変化と関連している可能性がある。
2020年のCOVID-19パンデミックは接着剤輸入の一時的急増をもたらした
注目すべき動きとして、2020年に調製糊・接着剤(3506)の輸入数量が前年比36.9%増の24.3万トンに急増している。これはパンデミック下での消毒液・衛生用品のパッケージング需要や、eコマース急拡大に伴う梱包資材需要の増加と関連している可能性がある。一方、他のセグメントの輸入数量は同時期に概ね横ばいまたは減少しており、接着剤セグメント特有の需要シフトであった。
おわりに
CN 35(アルブミノイド物質、変性デンプン、糊、酵素)のEU域外貿易は、2015年から2025年にかけて金額ベースで大幅な成長を遂げたが、その主因は数量増ではなく価格上昇にある。2021〜2022年のエネルギーコスト高騰と原材料価格の上昇は生産コストを押し上げ、輸出・輸入単価双方を急騰させた。2023年以降はインフレ圧力の緩和に伴い価格はやや調整局面にあるが、2015年水準を大きく上回る水準で推移している。
構造的には、EUはCN 35カテゴリーで強固な純輸出国の地位を維持・強化しており、特に酵素(3507)やアルブミン類(3502)といった高付加価値セグメントの国際競争力が際立っている。取引先の多様化も進展しているが、ロシア市場の縮小や中国市場の急速な拡大といった地政学的なシフトが顕著であり、今後のサプライチェーン戦略に影響を及ぼす可能性がある。デンマーク、オランダ、アイルランドを中心とした域内の専門化が進展しており、EU全体の競争力はセグメントごとの高付加価値化戦略に支えられているといえる。